matsulibの日記

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「人の寿命2倍に!?」ってニュースは今…

※検索ワード「ハエの寿命」で来た人へ、この記事にはハエの寿命がどれくらいなのかについての記述はありません。

 小学生のころ見たニュースで今でも記憶に残っているものがある。そんな昔のニュースでも検索したら見つかる便利な時代で良かった。これについて少し思うことがある。以下、ニュースやメディアを科学報道の媒体に限定する。

センセーショナルなニュース

・人の寿命2倍に!?ハエ実験で発見
http://homepage2.nifty.com/tkeizo/paper/yomi121215.html
・突然変異遺伝子で寿命が倍に?
http://wired.jp/2000/12/18/%E7%AA%81%E7%84%B6%E5%A4%89%E7%95%B0%E9%81%BA%E4%BC%9D%E5%AD%90%E3%81%A7%E5%AF%BF%E5%91%BD%E3%81%8C%E5%80%8D%E3%81%AB%EF%BC%9F/

 これはIndy(I'm not dead yetの略)という遺伝子の突然変異によってカロリー吸収が制限され、結果として「ハエの寿命」が伸びることが「ハエの実験」で明らかになったという2000年12月のニュースだが、僕が見たのは上の記事ような言い方をしていた。つまり、「人の寿命が2倍になる」と。これは明らかに誇張であり科学的とは言えない。
 それでも小学生のピュアな僕は「そんなことになったら地球が人間で溢れかえるのでは」と心配したものだ。結局、12年後の世界では人の寿命が2倍に伸びることはなく、けれど世界的な医療の発達や生活水準の向上で平均寿命は順調に伸び、人口は10億人も増加した。人口増加が大変な問題だということは12年前から指摘していた人もいただろうが、当時は分かってなかったこともあったはず。それがニュースと現実のギャップの原因ではないか。
 確かに2000年12月時点でハエゲノムとヒトゲノムの解析は一通り終わっていたらしいが、それにしても遺伝子の個数や類似性について言ってることがソースによってまちまちで、特にヒトゲノム計画終了後しばらくは混乱していた知識の更新が続いていたようだ。

その後

 僕は生物学や遺伝子に明るくないのでハエでの実験がどれほど有用なのか知らないが、この研究はその後どうなったのか?Indyを発見したステファン・ヘルファンド博士の研究者ページを見ると今もIndyについての研究を続けているようだ。グーグルスカラーにある関連論文に目を通す限りではマウスの実験まで進んでいる。マウスならハエよりは人間に近そうな気がするが、マウスの寿命が2倍になったという記述は(僕の能力では)見つけられない。メタボや糖尿病予防には有望ということは書いてあるが、専門的なことは難しくて詳しくは分からない。

まとめらしきもの

 この例に限らず、びっくりするようなタイトルやテーマでも(だからこそ)人間の身体や社会に応用するために長い時間がかかったり、結局は見かけ倒しに終わる研究は多いと思う。そもそもこういうニュースが流れる背景にはメディアと科学者、各々の政治的な理由があるからだろうし、最新科学を面白おかしく報道する傾向が12年の間に変わったということはないだろう。それについてここで責めるつもりはない。
 疑似科学 - Wikipediaの「ニセ科学批判」の項目では、

一般的に「学者」というと権威的なものと見がちであるが、専門誌などに学術論文を発表し、研究結果が実証されるのはごく限られた一握りで、大多数の学者や医者などは日々の単調な診療や研究の業務に忙殺されている。見解や討論になると職業的な立場から専門知識を用いた難解で無味乾燥な説明になる側面がある[要出典]。

というようなことが指摘されている。この「無味乾燥」がどういう意味か分からないが、ここでは「科学者の科学的な説明はつまらない」と解釈する。
 また、早川尚男先生はソーカル事件(上記wikipedia参照)と「知の欺瞞」についての評論KYOTO-U OPEN COURSEWAREの中で、

こうした印象は 彼らがプリゴジンとスタンジェールの「確実性の終焉」(みすず)に対する批判にも 通じる。確かにこの本は間違った事をずさんな論理で語っている様に思え、読者 は書いてある事を真に受けてはいけない。しかし一つのアジテーションとして学 生がこうした分野に興味を持つのであればその目的を果たしているのではないか、 と思う。

と仰っている。
 もしメディアがアジテーターであり、殊にその目的を果たすために動いているとしたら、それはそれで怖い…しかし、例えばガンダムが好きでロボット研究を志すのは結構なことだろう(とくにSFだと明言しているとすごく安心な気がする)。少なくとも非科学的であることは間違いないわけだが、線引きとして、一説には個人や組織の健康・金銭に損失を生じさせるような詐欺的な情報でなければセーフらしい。
 要するに、ニュースが言う「科学(とくに最新科学)」は胡散臭い(もしくは既に古臭い)けれど必要悪の可能性もある。あとは、長生きしたければ粗食を心がけようということ。長い上につまらない結論で申し訳ない。

おまけ

寿命2倍の情報を探してたら、さらに飛び抜けた記事を見つけた。可能か不可能かは置いといて「今後20年」というのはデタラメに考えた数字だろう。これは2004年の記事だから、2024年になって読み返すと面白いかもしれない。

・人間の寿命は今後20年で1000歳以上に
http://x51.org/x/04/12/1018.php

参考URL

Indy Mutants: Live Long and Prosper
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3281209/
・Deletion of the Mammalian INDY Homologue Mimics Aspects of Dietary Restriction and Protects Against Adiposity and Insulin Resistance in Mice
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3163140/